仏像

fig2006-10-28

上野の博物館
ポスターはやなかんじだったけど、割引券を本屋でもらったので、まあまあよかった。
前の中宮寺唐招提寺と比べちゃうけど、そんなスターはいなくても、トーンがそろっていてなかなか。
一木彫りという、一本の木から彫り出された仏像を集めたのだとか。
大きいのは教科書で習った「寄木」 
「一木」をすらっと読めた友人すごい。いちぼく。


初期は中国と同じ金属製の仏像が多かったが、日本の自然に神が宿るという考え方と合流してじょじょに神木を使った木の仏像が多くなっていったのだとか。


なんか、改めて日本人の(かつてのかもしれないけど)美意識に誇らしくなる。
(今日聞いた話。虫の鳴き声を西洋人は音として右脳で聞き、日本人は声として左脳で聞くのだそうな。虫の声)


木は単なる材料ではなく、既に魂が宿る生き物で、その命をお借りして、神様の姿を代わりに作るような?


初めて名高い円空仏の実物を見たけど、確かにびっくり!だ。すごい形。
後ろは全然手を入れてなくて、丸太そのまんまだったり。
ひょろーーっとと原木のままだったり。木をぱきーんと割って入った動きをそのまま残してたり。
おもしろい!



関東以北ではのみの彫り跡を残したものが多いらしく、それも初めて知った。
京都・奈良の有名な仏像はみんなすべすべだけど、こっちも力があっていいなぁ〜。
ちゃんと、布や顔の部分は彫る流れを変えていて、それをうまく利用している。
ああ、ゴッホの絵みたい? 円空もちょっと棟方先生入ってた。


仏像はシルエットがきれい。影がすっとしていて、姿勢がいい、といった感じ。


どれも8世紀とかそんな時代の像。
1000年以上もこうしてすっくと立ってたのだなぁ。
これを彫った人が1200年前には生きていて、その腕で木にノミを立てたのだなぁ。
この像をいろんな人が見て、いろんな人が拝み、いろんな悩みを打ち明け、そして死んでいき
仏像はそのうすいまなざしで、それらをじっと見ていたのだなぁ。
わたしは毎日ご本尊様をお奉りしていたお坊さんでも、それをたのみにきた信者でもなく、ここで美術館という違う場所で鑑賞に来てたりするわけだが。ここにいる人たちもあと50年もすればみんな死んでいく。
でもこの像はずっと残って、またいろいろな人が立ち寄り見ては通り過ぎていくのだろうなぁ。




サテュロスをみた表慶館が改修されて公開されてた。
妙にぴかぴかで、前のちょっと古い感じがよかったんだけどなぁ・・・。

閉館15分前に初めて法隆寺宝物館へ。なんとひとりきり!(監視の方はいるが)
なんとも宇宙的なミニ仏像がずらりとカプセルに入って並んでるような空間に、ひとり。
あまりにも異空間過ぎた。